不倫

自宅でしようと言ったのは彼の提案だった。
彼の名前は達夫。私より三つ上の男。
浅黒い肌に太い眉毛が特徴的で、セフレの関係になったのは半年ほど前。
ネットの掲示板を通じて知り合った。
これまで何人かと関係を持ったが、彼のような人は初めてだった。
男の私に「女」を自覚させてくれる、そんなセックスをした。
現在、二〜三週間に一度のペースで会っている。
提案は最初は断った。
確かに私には子どもはおらず、妻も仕事で家を空けることは多い。
でもだからといってリスクが高すぎる。
ここで関係を迫ってくるのなら、もう会わないでおこうと考えていたが、
彼はその辺りの駆け引きがとても上手かった。
「貴美子をもっと感じさせたいんだ」
貴美子とは私の女のときの名前である。本名は公夫だ。
私の中にある「雌」をじんわりと高めながら、それが最高潮になったときに
縮み上がった「雄」を容赦なく責めてくる。
背徳感が燃え上がり、色々な物に申し訳ないと思う一方で
もっとこの先の快楽を感じてみたいと思ってしまう。
「普段、生活してるところでセックスするのはキモチイイよ」
彼のそんな言葉に私の心は揺らぎだしていた。
「明日は仕事で夜が遅いから。そういえば、あなたも出かけるとか言ってなかった?」
妻の朋美は手早く朝食を済ませると、化粧に取り掛かった。
私はまだコーヒーを飲んでいた。
「ああ、ちょっと接待でね。僕も遅くなると思うよ」
嘘だ。達夫に抱かれるのだ。
「そう。じゃあ夕食はいらないのね」
妻は顔に色々な粉を慌ただしく塗りたくり、手で頬をパンパンと叩いた。
出会った時はボーイッシュなところに惹かれたのだが、いまではその欠片もない。
ショートヘアーだった髪は、ほとんど刈り上げられている。
背も高く体格も良いので、女軍曹のような見た目だった。
もったいない。私はいつもそう思うのだった。
「じゃ、行ってきます。ゴミ出しておいてね」
すべての言葉を言い終える前に妻は家から出て行った。
いつの頃からかこんな関係になってしまった。
寂しさもあるが、明日のことを思うと胸が踊る。
(……明日、朋美がいないのなら家で出来るんじゃないだろうか)
そんな考えが頭をよぎったが、すぐに打ち消した。
私にとって女装とは非日常なのだ。
それが日常である家の中に入り込んでくるのは、
なんだかとても恐ろしいように思えた。
「えっ、今日は奥さんがいないのかい」
口を滑らせたというよりはわざと喋ってしまった。
ホテルへ行く前に軽く食事を取るのがお決まりのコースだった。
そのときはファミレスで私はサンドイッチを、達夫はカツカレーを食べていた。
「ふーん、そうなんだねぇ」
そう言って達夫はタバコに火を付けた。カレーはすでに綺麗に平らげている。
私はその態度に拍子抜けした。
ここぞとばかりに誘ってくることを期待したから喋ったのだ。
ちなみに私はまだ男の格好だ。
端からは友人同士で昼食を食べているように見えるだろう。
「どうしたんだい?何か言いたそうな顔をしているけど」
達夫の嫌らしい笑みで気づいてしまった。この男は私に言わそうとしている。
「……家に誰もいないから、その…」
店内は昼時ということで混んでいる。人に聞かれると思うと言葉に詰まってしまう。
達夫が口から吐き出した煙が私の鼻孔に流れ込んでくる。
「家で抱いてほしいの…」
周りの音が一気に引いて、心臓の音だけが響いていた。
「イヤらしい女だ」
達夫はまだ残っている煙草を灰皿に擦りつけた。
いつもは化粧をする妻の背中を見ている私だが、
そのときは化粧をする私の背中を達夫に見せていた。
化粧はすでに慣れ親しんだ行為になっていたが、
妻の鏡台を使うのはそれが初めてだった。
裏切っているような罪の意識の一方で、
自分が達夫の妻であることを擬似的にでも味わえるのは
痺れるような官能的な悦びがあった。
手早く済ませる妻とは違い、じっくりと顔に女の色をのせていく。
男の面影がなくなっていくと同時に本当の自分が顔を覗かせる。
すべてを終えて振り返ると、達夫はニヤリと笑った。
「じゃあ、寝室に行こうか。貴美子」
ここ数年、妻と関係を持ったことはなかった。
結婚当初でも義務のような性交しかしてこなかった。
しかし、いま私は肉の願望に従って男の精を求めている。
肩を大きく露出した黒のドレス。一番のお気に入りだ。
最もすぐに脱がされてしまう。
夫婦の寝室でたっぷりと抱き合う私と達夫。
貪るような唇同士。彼の煙草臭さに頭が蕩けそうになる。
ベッドに押し倒された。
「君と奥さんはここでセックスはするのかい?」
「…しません…もう女となんてする気がないもの」
ドレスを脱がされ、ランジェリーだけになる。
そうなると否応無しに男の部分が出てくるわけだけど、
達夫はそういったところを愛撫しながら、女に変えていく。
「ああん…いい」
声が漏れる。お互いに完全にスイッチが入った。
達夫が下を脱ぐと、いきりたった肉棒が飛び出た。
黒々とした陰毛から覗くそれは密林からこちらを見つめる獰猛な獣だ。
私は草食動物のように怯えながらも、はっきりと雌の疼きを感じていた。
達夫はまず私の胸にそれを当てた。
肉棒を筆のようにして、体をなぞっていく。
彼は私の体で興奮していると思うと、女としての自信が湧き上がる。
肉棒が腹を通り過ぎ、秘部まで下がってくる。
達夫の趣味で毛はすべて剃りあげている。
私の雌棒も大きさは彼に遠く及ばないが勃起していた。
すでに散々と焦らされていたので、先端からは汁を垂らしている。
そこに彼の肉棒がぶつかった。
「ぐしょぐしょだな。まるで女みたいだ」
ああ、本当の女ならばここで彼を受け入れることができるのに。
しかし、この快楽も悪くはなかった。
お互いを重ねあわせ、私は奉仕するように腰を動かした。
彼の熱と欲を雌棒でしっかりと感じ取る。
「ふふ、奥さんが見たらどう思うかな?旦那がこんな女々しい野郎だったなんて」
「いやん、言わないで…」
彼の言葉に背徳的な響きが全身を貫いた。
血が一気に沸点まで到達し、目の前の男のことしか考えられなくなる。
「お前の好きなチンポを舐めろ」
肉棒が迫ってくる。私は口を開けて、それを受け止める。
「チンポしゃぶりたくて、女になったんだもんな」
咥えたまま頷いた。
舌で舐めまわし、頬を窄めて吸い上げる。
わざとジュルジュルという音を立てる。
塩っぱさと苦味が交じり合うこの世界で一番の甘いキャンディー。
彼は私の口から肉棒を引き抜いた。
「穴を見せるんだ」
自分で尻を掴み、左右に広げる。
呼吸するように穴が動いている感じがした。
達夫は指でそこを撫で回す。
「いれるぞ」
その短い言葉に頷くことしか許されていない。
何回挿れられても、その瞬間は慣れなかった。
僅かな痛みと息が詰まるような圧迫感。
ヌルヌルと侵入してくる肉棒が自分の性別を教えてくれる。
達夫はセックスが上手い。ただ己の欲望を発散させるだけではなく、
相手を感じさせることも忘れない。
「俺がお前に子宮を作ってやるよ」
奥まで入った彼の肉棒の先はきっと腸なんだろうけど、
私はそこになんだか本当の子宮がある気がした。
だんだんとピストンが激しくなっていくたびに、
子宮口が彼の精子を求めて慌ただしく動き出す。
「あ、ああん、あは、いい、かんじる」
女のような声が自然に漏れてくる。
それを達夫が唇で塞ぎ、また貪り合うようなキス。
身体を密着させ、お互いの肌をしっかりと感じる。
「いくぞ」
腰の動きが一段と早くなった。
視界の揺れが大きくなり、意識が遠のく一方で
身体の中心を貫く快楽はより深くなっていく。
達夫が絶頂に達したとき、私は子宮の中に入ってくる
たくさんの精子たちを感じた。
快楽がゆっくりと引いていく。
私は別に絶頂を迎えなくても良い。
愛する人の精を受け止める。
この満たされた気持ちがあれば充分なのだ。
クローゼットからガタッという物音が聞こえた。
氷の手で首筋を撫でられたみたいに余韻が一気に引いていく。
誰かいるのだろうかと思ってじっとそこを見ていると、クローゼットが開いた。
そこには妻と見知らぬ女性が立っていた。2人とも下着姿だった。
女性は20代前半くらいだろうか、妻とは対照的な長い黒髪だった。
「と、朋美」
「ご、ごめんなさい。全部見ちゃった」
頭がパニックになった。
「ど、どうしてここに?」
「あなたと一緒よ。仕事っていうのは嘘なの」
妻はさして狼狽える様子もなく言った。
「そ、その隣の人は誰?」
「私のガールフレンド、有希ちゃん。あなたには隠してたけど、私はバイなの」
有希という女性は恥ずかしそうに頭を下げた。
整った顔立ちで白く綺麗な肌をしているが、いまはそれが真っ赤になっている。
「あなたの隣にいる方は?」
「え、ええと」
「達夫といいます。まぁ、旦那さんのボーイフレンドといったところでしょうか」
達夫は少々困惑している様子だったが、意外にも落ち着いていた。
「あなたが女っぽいとは思っていたけど、まさかこんな趣味があったなんてね」
「旦那さんはとっても良い女ですよ。男に媚びるのが上手い」
「でしょうね。さきほどのセックスなんて見事だったもの。まるでAV女優みたい」
妻は反応は理解を越えていた。驚きもせず、むしろ楽しんでいる様子さえ伺える。
「ねえ、あなたたちが来たせいで、私達の逢引が中断されちゃったの。
おまけにあんなの見せられたら、私もこの子も興奮してきちゃった。
今度は4人で一緒に楽しまない?」