さよなら

ブラジャーを拾った時、鉛のような罪悪感が恵を襲った。
ストラップに腕を通し、背中でホックを止める。
否応なしに平らな胸が強調されてしまう。
このカップを埋める柔らかな胸があればいいのにと
淡い願望が罪の意識をどこかへ消し去った。
姿見にブラとショーツをつけた少年が映っていた。
細身の四角い体に巻きつけられた下着の痛々しいまでのアンバランスさを
直視できずにすぐにチェック柄のスカートと白色のシャツを着る。
すると、女子高生にも見えなくもない自分が現れる。
恵は脱ぎ散らかった制服を畳んで、部屋のゴミを片付ける。
その様子を直也はタバコを吸いながら眺めていた。
「お前、まだバドミントンしてるの?」
「うん…だって小学校のときからやってきたから」
「ああ、だから足が太いんだよな」
恵はスカートから見える太ももがみっともないように感じた。
「抱き心地が硬いから、ちょっと太れ」
「…はい」
直也の命令がどんどん生活に侵食してくる。
大事なものをゆっくりと失いながら、同じくらいに新しい悦びを感じていた。
「掃除はもう良いから。飯作ってよ」
「分かった。できたら呼ぶね」
と言って恵は部屋から出た。
「部活をやめる?」
職員室に沢田の大声が響いた。
周囲から注がれる冷ややかな視線など気にもせず彼は続けた。
「3年が引退して、心機一転頑張ろうってときだぞ」
体育教師の沢田は年中ジャージだ。
さきほどまで体育の授業だったので汗臭さが漂っている。
「すいません。でも、勉強のほうに集中したいんです」
「うーん、特に成績が落ちたってわけでもないし、
月島の実力だったらスポーツ推薦で大学だって狙えるんだぞ」
脂ぎった額をこれでもかと近づけてくる。
体育教師のわりにはお腹は出て、爽やかさの欠片もない体型をしていた。
「もう充分にバドミントンはやりきったと思ってます」
「…そうか。なら、無理に引き止められないけどな」
沢田は椅子の体重を預け、大きく伸びをした。
恵は頭を下げて職員室を出た。
(本当はバドミントンを続けたいんだ。でも、直也くんに喜んでもらうためには仕方ない)
教室へ戻るために階段を上がっていると、数人の女子生徒とすれ違った。
弾むような笑い声と鮮やかに揺れる長い髪が駆け抜けていく。
ふわりと膨らんだチェックのスカートを見ていると、自分のズボンがとても窮屈に感じた。
(あんな風に華奢になりたい。こんな太い足や腕はいらないよ。可愛くスカート穿きたい)
「恵!」
「優子?」
振り返るとピンクのシャツに黒色のハーフパンツを着た優子が立っていた。
「さっき、沢田先生から聞いたけど、部活やめるって本当?」
「ああ、うん…」
「なんで!」
恵の歯切れの悪い返事を吹き飛ばすように優子は叫んだ。
「勉強のほうに集中したいと思ってさ」
「嘘!だったらなんで直也みたいな奴と一緒にいるの?」
「別に直也くんはただの友達だよ」
「最近の恵おかしいと思ってたんだ。
授業中もボーっとしてること多いし、練習もサボってばっかり。
それもこれも直也と友達になってからだよね。
あいつの周りから悪い噂しか聞こえてこないんだって。
下手すれば犯罪とか平気でやっちゃう奴なんだよ」
「それは言い過ぎだよ」
恵は思わず大声で言い返した。
「そんなことないよ!」
それよりもさらに大声を出した優子。
しばらく気まずい沈黙が流れたが、
優子は怒りを抑えるようにゆっくりと息を吐いた。
「ねえ、小学校のときからずっと一緒にバドやってきたじゃない。
恵がいなくなると寂しいよ」
小柄な恵は優子と向かい合うと、ほぼ同じ位置に目がくる。
真っ赤になった優子の目を見ることが出来なかった。
「ごめん、本当にごめん」
「もう…分かんないよ!」
そう言って優子はその場を立ち去った。
恵はさっきまで優子が立っていた場所を見つめながら、
追いかけるべきかどうか迷っていた。
「どうした、ケンカでもしたか?」
茶色の短髪、鋭い一重の目、着崩した制服。
大柄な直也が階段の上の踊り場に立つといつもより威圧感があった。
「な、直也くん」
直也は恵の肩を組むと、そのまま強引に唇を重ねた。
恵は体を離そうとしたが、肩をがっちりと掴まれていて動くことが出来なかった。
それでも誰かに見られるという恐怖心から抵抗しようとするも
舌を絡め合ううちに全身から力が抜けてしまった。
「今日も俺の家に来てくれよな」
「はい」
口内には直也の唾液がたっぷりと溜まっていた。
それをごくりと飲み込んでから恵は答えた。
結婚して家を出た姉の高校時代の制服を見つけて、
誰もいない部屋の中で着たのが始まりだった。
窮屈なジャケット、ネクタイではなくリボン、空気を感じるスカート。
鏡に映ったのは女子高生の格好をした男の子だったが、
まったく違う自分と出会えたと恵は思った。
それから残された姉の服をちょくちょく着るようになり、
お小遣いを貯めてウィッグやメイク道具を買い揃えた。
幸いに小柄で女顔の恵は少し化粧をするだけで女の子には見えた。
鏡の中でどんどんと変身していく自分を見ていると、股間が異様なまでに熱くなった。
自分を慰めるとき想像の中で男とも女ともつかない存在になって快楽の海に浸った。
ある程度女装が上手くなると、今度は外に出たくなった。
夜中、家族が寝静まったのを確認して、こっそりと外に出た。
心臓が高鳴り、頭がくらくらした。
遠くに人影らしきものが見えただけでも、どこかに隠れる場所はないかと慌てた。
しかし、何度も歩いて行くうちに大胆になり、
近所の公園をぐるりと一回り歩けるようになった。
そこは野球グラウンドほどの大きさで、芝生を中心に遊具や噴水があった。
昼間は子どもで賑わっているが、夜はほとんど人はいなかった。
とある夜。冷たい風が吹いていたが、火照った体にはちょうど良かった。
コツコツと自分の足音だけが鳴り響く夜中の公園。
休憩のためにベンチに腰かけた。
周囲に誰もいないのを確認すると、
内股になって胸を触りながら二本の指でスカートの上から股間を刺激した。
恵は女装しているときはしごくようなオナニーはしない。
本物の女の子がやるような形でやるのだ。
衣擦れと自分の息遣いしか聞こえない中で、
カシャリとシャッター音のような聞こえた。
「こんばんは、月島恵くん」
「大林くん!?」
恵と同じクラスの大林直也だった。
デジカメを持って、ニヤニヤしながらこちらに近づいてきた。
「こ、これは。その…」
息が詰まって上手く喋れなくなった。
さっきまでの興奮はすっかりと引いてしまい、ただ狼狽えるしかなかった。
「いいんだぜ。俺、そういうの好きだから」
「えっ」
直也は恵の太ももを触り始めた。
「俺も夜中にこの公園に来るんだ。
何週間か前に女の子を見つけて、最初はレイプしてやろうかと思ったけど、
そいつの顔に見覚えがあったんだ。同じクラスで喋ったことはないけど、
顔は知ってる奴でさ、学校でずっと観察してたら
シャツの下にブラジャーを着てるんだよね。男なのに」
直也の手は徐々に股間のほうへ移っていく。
「月島くんのこの恥ずかしい写真、クラスの奴らが見たらどう思うかな。
特に仲の良い優子とか言う女はどんな反応するかな」
「そ、それだけは、みんなには言わないでくれよ」
日常がガラガラと音を立てて崩れ始めていた。
恵は体を強張らせながらも、直也のゴツゴツとした手をはっきりと感じていた。
「脅してるわけじゃないんだ。最初に言ったろ。そういうの好きだって。
公園なんかじゃ寒いだろ、俺の家に来いよ。
親は仕事で海外に行ってるから遠慮しなくていいんだぜ。
恵もこそこそと女装するのは嫌だろ、こんなに可愛いんだから」
直也は恵の顔を撫でた。
「だから、俺の女になれよ」
そう言って直也は膨らんだ恵の股間をぎゅっと掴んだ。
勃起したことを他人に知られるというのは初めての経験だった。
恥ずかしさで頭が一杯になったが、俺の女になれよという言葉に強く惹かれていた。
恵はフライパンで野菜とお肉を炒めながら、三ヶ月前の出来事を思い出していた。
あの夜からすべてが変わっていったのだ。
味を整えるために塩コショウを入れる。
調味料や道具の位置は自分の家の台所より把握している。
コンニビ弁当やレトルトばかりの食生活の
直也の体を心配してやったことのない料理を必死で覚えた。
最初に連れて来られたときは荒れ果てた家だったが、
恵は毎日少しずつ掃除をして、今ではかなり綺麗になっていた。
直也よりも先に家に帰って、着替えて、
身の回りの世話をするのがすっかりと生活の一部になっていた。
完成した料理をテーブルに並べていく。
学校の制服にエプロン姿の自分を見ていると、若奥さまになった気分だった。
なぜだが直也は制服にこだわる。
家の中では常にブレザーにチェックのスカートでいろと言われている。
恵はもっと色々な格好を見て欲しいと思うのだが、
直也が喜ぶ格好をするのが一番だと納得している。
野菜炒め、ポテトサラダ、具沢山の味噌汁を並べていると、ピンポンと呼び鈴がなった。
恵は急いで玄関に向かった。
「おかえりなさい、直也くん」
「ただいま。ああ、今日はもう一人いるんだ」
「えっ」
女装のことは直也以外には話していない。二人だけの秘密と思い込んでいた。
「おお、これが月島かぁ。いや、恵ちゃんと呼んだほうがいいかな」
直也の後ろから現れたのは沢田だった。
いつも通りのジャージ姿で舐めまわすように恵を見ていた。
「いきなり部活を辞めるって言うから、心配してたんだぞぉ。
お前と仲の良いこいつに相談したら、原因を教えてやるって言うからついてきたんだ」
沢田は恵のお尻を撫でた。
「きゃ!」
「おいおい、もうすっかり女の子だな。部活中の勇ましいお前とは大違いだ」
お尻から太ももに手が下がっていく。
「まあ、確かに硬いな。けど、これくらいがちょうど良いんじゃないか」
「先生、ここ玄関だぜ。いきなり本気出しすぎだよ」
「おお、すまん。すまん」
「もう料理できてるよな」
恵はただ頷くしか出来なかった。
コップに注がれたビールを沢田は一気に煽った。
「かぁ、可愛い子がお酌してくれたビールは最高だな」
料理を食べ終えて、直也と沢田はソファに座ってお酒を飲んでいた。
「料理も上手かったし、月島は本当に女の子に生まれたほうが良かったんじゃないか」
「まぁ、はい」
直也だけなら自然と女の子として振る舞えるのに、
沢田がいることで男を演じている学校の自分が出てきてしまい、
上手く喋ることが出来なくなっていた。
「本当に女の子か確かめてやる。おい、制服脱げぇ」
沢田の顔はすっかり赤くなっていて、声もいつもより乱暴な調子になっていた。
「いや、裸エプロンなんてどうです」
「おお、大林!ナイスアイディアだ」
「そ、そんな」
沢田の前で裸になることは抵抗があった。しかし、直也の命令には逆らえない。
恵は制服を脱いで、裸の状態でエプロンを着直した。
白いレースのエプロンは胸から股の辺りまで長さがあった。
「よし、動画に撮ってやる」
「か、動画は」
沢田は携帯電話で恵を撮影し始めた。
拒否しようとしたが、直也がそのままにしろと怒鳴った。
「ほほー、確かに男だ。エプロンの一部分が膨らんでいるもんな」
沢田は舐めるように色々な角度から恵を撮った。
「こういう格好はいつ頃からしてるんだね」
「さ、三ヶ月まえからです」
「男のくせに化粧して、女の格好するなんて恥ずかしいとは思わないのか。
学校のみんなが知ったらどう思うかな」
恵はちらりと直也のほうを見た。
「で、でも、直也くんのこと好きだから…」
「おお、健気だねぇ。じゃあ、喜ばせてあげてよ」
「えっ?」
「男に奉仕してあげるんだよ」
沢田はまるでAVのインタビューのようにねちっこい喋り方で指示を出す。
恵は直也の前に膝をつき、ズボンをチャックを下げた。
すでに男根が硬くなっている。パンツの上からでも分かった。
沢田はいつのまにか黙って、カメラを回していた。
恵は直也のパンツを下ろす。そこには雄の匂いがプンプンと漂う男根があった。
それは恵の中にあった恥ずかしさを吹き飛ばし、雌としての本能を呼び起こした。
亀頭の部分を口に含み、
竿の部分を手でしごきながら、ジュルジュルと音を立て吸い始めた。
「直也くんのチンポはおいしいか?」
「とってもおいしいです」
「こいつはもう俺なしじゃ生きていけないって言うんですよ」
「はい、もう私は直也くんのものなんです」
口を離して、今度はアイスキャンディーを舐めるように
ペロペロと男根全体を舐めていく。
「学校では男を装っているけど、一皮向いたらこんな淫乱な雌だったんだね。
ほら、カメラに君の雌っぷりをアピールしなよ」
「うふふ、ここにとっても大事な直也くんの子どもの元が詰まってるの」
睾丸を口に含みながら、カメラ目線で恵は答えた。
「熱くて、硬いのぉ。熱いザーメン、はやく恵に出してほしいなぁ。
直也くんの子ども妊娠したいもん、ザーメンで私の子宮をパンパンにしてほしいもん」
レンズの中には雄であることを忘れた淫乱な雌が
男根を舐めながら発情している姿があった。
優子はスマートフォンにメールを書いては、消してを繰り返していた。
なかなか思った文章が書くことが出来ずにイライラして、
近くにあったぬいぐるみを壁に投げつけた。
「ああ、またイライラしてる。こんなんだから恵と上手く喋れないんだよ」
自己嫌悪を振り切るように、またメールを書き始める。
「恵へ。今日はごめんなさい。友達のこと悪く言い過ぎた。
けど、私は心配なんだよ。このまま恵がどんどん遠くへ行ってしまいそうで」
書いてる途中に受信メールが入った。
「あれ、恵からだ」
きっと仲直りのメールだろうと思ったが、
本文には何の文章も書かれておらず、動画ファイルだけが添付されていた。
ファイルをクリックすると、動画が再生される。
そこにはウィッグをつけて裸エプロンの恵が
直也の男根をフェラしている様子が映しだされていた。
「う、うそ。な、なにこれ」
今すぐにでも再生を止めたいが、
これはなにかの間違いだと確認するために停止することは出来ない。
恵ではない別人なんだと思いたかった。
ペロペロ、ジュパジュパの卑猥な音が聞こえてくる。
画面の中の恵は一心不乱に男根を貪っていた。
「仲良しの優子が見たらどう思うかな?」
自分の名前が出てドキリとした。
動画の撮影者だろうか、聞き覚えのある声が恵に語りかけていた。
「優子?知らなーい。アタシには直也くんしか見えてないのぉ。
ねえ、今夜もたっぷり可愛がってねぇん」